どう見ても20代前半にしか見えない女性研修医Mが去った後も私の胸の高鳴りは収まることがなかった。

 

一体どうなっているんだ?この病院は。

 

これまで何度も話が違うことがあった。
そもそも最初から腺腫の部分切除が可能だというところから違っていた。
だから、今回の検査入院に際しても、話が違うことがないようにキツネ目の医師Sとその検査内容と判断基準について入念に話し合ったのだ。
だからこそ、今度こそはと安心してこの病院に入院してきたのだ。
私は。

 

それなのに・・・
それなのに・・・

 

「あ・・・のび助さん・・・」

 

Mが去ってから数十分が経過して、短い髪が無造作に少しだけ伸びた40歳前後の白衣の男が急いで走ってきました風な感じを装いながら私の前に現れた。
そして、その男の後ろには少し縮こまったようなMがいた。

 

「今回担当させていただきますWです」

 

どうやらこの高校時代田舎の弱小柔道部で次鋒をしていた的な感じのする中年男が私の主治医らしい。

 

「あの・・・検査内容がご希望と違っているとか・・・」

「はい。入院前のときの話と違っています」

「え・・・S先生からの引継ぎで、この予定している検査を実施することになっているのですが・・・」

「いやいや、そんなことはありません。S先生との打ち合わせで原発性アルドステロン症の機能確認検査は3種類することになっていました。つまり、カプトプリル試験、フロセミド立位試験、生理食塩水負荷試験の全てです。今回の検査入院は、3種類の機能確認検査を全て受けるという前提で決めたことなのです」

「そうですか・・・」

「そのことはS先生も十分に理解されていたはずです。私は3種類の検査結果で陽性、陰性と異なる結論が出た場合にはどのような判断になるのかもS先生に伺いました。そしてS先生によれば、形式的な判断ではなく、3つの検査の結果を総合的に判断して結論を出すということでした。」

「確かに、そうですね・・・」

「つまり、私はS先生とそこまで話を詰めて今回の入院を決めたのです。それなのにどうしてこういう事になるのでしょうか?」

「わかりました。それでは検査の内容を変更しましょう」

「できるのですか?」

「はい・・・できます」

「あの、私は3泊4日の予定で来ています。つまり4月15日には退院しないといけません。それで大丈夫なのですか?」

「ええ、なんとかやれます」

 

ホンマかいな?

 

「そうですか。あ、それからもう一つ。先ほどこちらの先生から説明を受けたのですが、生理食塩水負荷試験は脳下垂体MRIで問題があった場合にのみ実施するということでしたが、どういうことですか?脳の画像診断と生理食塩水負荷試験とは全く関係ないですよね?」

「あの・・・予定していた生理食塩水負荷試験は尿崩症の検査としての負荷試験なのです。尿崩症検査のガイドラインとしては、まず下垂体MRIの検査をして、それで疑いがある場合に生理食塩水負荷試験をすることになっているのです」

「つまり、予定表に書いてある生理食塩水負荷試験とはPAの生理食塩水負荷試験とは違う検査だ、ということなんですか?」

「そうです」

「そうですか・・・。でも私がやって欲しいのはPAの機能確認検査としての生理食塩水負荷試験です。それをやってもらえるのですね?」

「はい。予定を組み替えます。つまり、のび助さんとしては尿崩症よりもむしろ原発性アルドステロン症の検査を中心に、というご希望なのですね?」

「そうです。原発性アルドステロン症の検査のために私はこの病院に通っているのです」

「わかりました」

そういってWとMは入院部屋を出て行った。

 

一体どうなっているんだ、この病院は?
あれだけSとしつこく打ち合わせをしたというのに。
Sとの打ち合わせの内容は電子カルテに記録してあるはずだ。
Wはそれを見ていないのか?
それともSがカルテにちゃんと書いてないのか?
いや、あの教科書のようなSがそんなテキトーなことをするとは思えない。
とすればWがちゃんと読んでいないのか・・・
それとも、そもそもこの病院の引継ぎのシステムが杜撰なのか・・・

 

はぁ、もう嫌だ。
なんでこんな病院にかかってしまったのだろう・・・