研修医Yはだまって私の右腕に突き刺さっていた注射針を抜いた。
そして、またしても研修医Yは私の右腕に注射針を突き刺した。
通算4度目の激痛が私を襲った。
拷問だ。
これは紛れもなく拷問だ。
憲法36条は拷問と残虐な刑罰を禁止している。
つまり、たとえ犯罪者であろうとも日本では拷問を受けることはないことになっている。
にもかかわらず、私は今、拷問を受けている。
刑務所内の受刑者でも受けないような激痛を私は病院内で加えられているのだ。
「すみません・・・ちょっとうまくいきませんでした」
そう言いながらどうみても30代前半にしか見えないハリのない女性研修医Yは私の右腕に突き刺さっていた注射針を抜いた。
このままでは私は間違いなく5回目の拷問を受けることになる。
しかし、仮にここで相手を変えてくれと言ったとしても、どうせまたテクニックのない女性研修医がやってくるに違いない。
しかも、さらに年を増した女性研修医が。
ここはまるでぼったくりの風俗だ。
「あの・・・」
「・・・はい・・・」
「手の甲に注射していいでしょうか?」
「は、手の甲?」
「・・・・・」
「いや、手の甲って・・・痛いですよね?ものすごく」
「・・・・そうですね・・・」
なんてことだ。
どうみても30代前半にしか見えないハリのない女性研修医Yは、こともあろうか私の手の甲に注射しようとしているのだ。
たかが点滴のためのルートを取るだけのために、だ。
確かに手の甲はほとんど皮だけで血管がモロに浮き出ているのだから、そら針を通しやすいだろう。
でも手には神経が集中している。
そんなところに針を刺したらとてつもなく痛いことくらい素人の私にでもわかる。
肘の裏でもこれだけ痛い注射をする研修医に手の甲まで刺されたら私はショック死してしまうかもしれない。
「あの・・・そこだけは勘弁してください・・・」
「わかりました・・・」
研修医Yは私の腕をとり、まるで皿をなめるかのようにして私の腕の隅から隅までを見続けた。
時折、その指で私の腕に浮いている血管を押したり撫でたりした。
気持ちよくもなんともない。
そこにあるのは恐怖だけだった。
「じゃあ、ここにやってみます」
私の右腕の肘から手首に向かって流れている太めの血管を触りながらYはそう言った。
私は無言で5度目の拷問を受け入れることを了承した。
Yは慎重に狙いを定めて私の血管に針を差し入れた。
プスッ
お、入った。
入ったみたいだ。
痛いのは痛かったが、今までの拷問とは比較にならないくらいにあっさりと入った。
「うまくいきましたね」
私がそう言うと、Yは満面の笑みで振り返った。
そうか。
そんなに嬉しいのか。
研修医にとって血管に注射針を通すことは、それほどまでにハイレベルな技だったのか。
私は医療業界の知られざる一面を垣間見た気がした。
しかし、医学部に6年も通って卒業したはずの研修医が血管に注射針一つ通すぐらいでこんなに苦労するんだったら、体にメスを入れて臓器や血管を切ったり繋いだりするような手術ができるようになるには一体何年かかるというのだろう。
そもそも血管に注射針を通す作業がそんなに難しいか?
練習すれば私だって1日でできるようになるような気がする。
英語だの数学だの物理か化学かよくわからないが、そういう試験でかなりの高得点をとらなければ入れない医学部にいった連中がなんで注射一つ満足にできないんだ?
医学部入試か医師国家試験に手先の器用さを測る試験を導入したらどうだ?
「では、これからフロセミド負荷試験を開始しますね」
「え・・・いや、ちょっと待ってください」
私はあわててYを制した。