これがMRI検査の不協和音か!
生理食塩水負荷試験が終わった後、私は計量コップに水を200ミリリットル注ぎ、ゆっくりと飲み干した。
そして、そのままトイレに行って用を足した。
トイレから戻ってきてベットの上で休んでいると、間もなく取り立てて特徴のない薄い顔をしているナースがやってきた。
「1時から下垂体MRI検査を始めます。同意書を持って検査室に行ってください」
お腹はほぼ空になっていた。
でも、食事は下垂体MRI検査が終わってから、ということになっている。
我慢するしかない。
MRI検査についての説明書を読んだ。
検査にはガドリニウム製剤という造影剤を注射すること、そして造影剤を使用することによって吐き気や頭痛といった副作用が起こるかもしれないといったことが書かれていた。
また、私には全く関係ないが〝マスカラの使用はお控え下さい〟とも書かれてあった。
マスカラが撮影に影響あるのか?関係ないけど。
じゃ、カツラは?脱がなきゃいけないのか?関係ないけど。
私は同意書に署名をしてからそれを持って検査室に向かった。
検査室に行くと、40代後半くらいの目が(悪い意味で)リスみたいにクリっとしているおばはんスタッフが出てきた。
「検査の間、金属類は身に着けてはいけませんので、預けてください」
そう言われて、私は左手首にゴムで括り付けていた金庫のカギを目が悪い意味でリスみたいにクリっとしているおばはんスタッフに預けた。
検査室の中に入った。
部屋の真ん中にでっかいドーナツみたいな器械とそのドーナツの穴に今にも吸い込まれていきそうなベットが置かれていた。
「あの、この検査はどれくらいの時間がかかるのですか?」
中にいた男性の検査技師に聞いたところ、最初に10分ほど撮影し、その後造影剤を入れてからまた5分ほど撮影して終了ということだった。
入院前に受けた副腎のCT検査もドーナツの中に入っての撮影だったが、この時は5分程度で終わった。MRI検査はその3倍くらいの時間がかかるのか。
「ベッドに寝てください」
言われるがままにベットに横たわった。
すると検査技師は「音がうるさいので」と、私の耳にヘッドホンをつけた。
そしてプラスチックらしき素材でできた小さな箱を私の頭に被せた。
動かない・・・
小さな箱を被せられた私の頭は右にも左にも動かなくなった。
真正面は見えるが斜め横は全く見えない。
撮影中少しでも動いたら画像が取れないからなのであろうが、事前の説明もなくいきなり頭の動きを止められてしまうのはちょっとした恐怖を感じる。
MRI検査は閉所恐怖症の人にとっては辛いということを聞いていたが、そうでない人にとってもこれは・・・
やがてでっかいドーナツの穴の中に私の上半身が吸い込まれていった。
狭い・・・
気味が悪い・・・
すると突然2ビートのドラム音が鳴り始めた。
かなり激しい。
ヘッドホンをしていてもこれか・・・
ズッコン、ズッコン、ズッコン、ズッコン
2ビートが止まらない。
いつまで経っても止まらない。
ブゥオーブゥオー
突然船の汽笛が鳴り響いた。
ウィンウィンウィンウィン
ひどく低音で大音量の非常サイレンが割って入る。
キゥイゥワゥウィゥビー
不快感満載のハウリング音が耳をつんざく。
暗闇の中で果てしなく奏でられるアナーキーなオーケストラ。
むしろこれこそが江頭の登場曲にふさわしいのではなかろうか?
猛烈な吐き気と唾液!造影剤使用の副作用か?
私の頭の中でしばらく江頭が暴れまくっていたが、やがて上半身がドーナツの穴から出てきて1回目の撮影が終了した。
ドーナツから出てすぐに私の右腕に注射針が挿入される。
入院してから一体何回目の注射だろう?
でも、今回はチクッとしただけで大した痛みはなかった。
そしてルートから造影剤が投入された。
上半身が再びドーナツの穴に吸い込まれていった。
すると程なくして私は軽い吐き気を感じた。
なんて言うのだろう・・・・
強いて言えば軽い二日酔いみたいな感じではあるが、それとはちょっと違う。
ひどい吐き気ではない。
でも、経験したことのない類の吐き気なので、これがこのまま続くとやがて突発的に吐いてしまうんじゃないかという不安に駆られる。
これが造影剤の副作用か?
ん?
湧いている。
突然、とてつもなく湧き出している。
私の喉の奥のほうからかつて経験したことがない程の大量の唾液が口の中で溢れんばかりに湧き出している。
まるで蛇口をひねったみたいに。
ギュルジュルと音が鳴っているかのように。
大量の唾液が湧き出している。
これも造影剤の副作用なのか?
唾液が出るなんて書いてなかったが・・・
しばらくすると、突然吐き気と唾液の湧出が止まった。
それから間もなくMRI検査も終わった。
私の上半身がドーナツの穴の中から出てきた。
ナースがやってきて私の右腕から注射針を抜いた。
私はそのナースに聞いてみた。
「あの・・・撮影中ずっと造影剤を注入していたのですか?」
「いえ、2回目の撮影の前に短時間で入れ終わっています。ただ、撮影中何かあった時にすぐに薬を注入できるようにルートだけは残していました」
吐き気と唾液が続いていたので造影剤をずっと注入し続けていたのかと思っていたが違った。
となるとこれは江頭の仕業か・・・