下垂体MRI検査が終わった後、私は食堂に行きかなり遅めの朝食を取った。
だが、昼食も残っている。
食べないともったいないので1時間ほど間を開けて、食堂に行き、昼食を食べた。
昼食を食べたら部屋に戻り、ベットの上で文庫本を読んで過ごした。
今日の検査はもうない。
二日続けて酷い目に遭ったが、今日はもう何もない。
ゆったりとした気持ちで午後の時間をベットの上で過ごした。
やがて夕食の時間となった。
特にお腹が空いているわけではなかったが、他にすることもないし食べないのはもったいないので食堂に行き夕食を食べることにした。
入院病棟の食堂は大体50名ほど座れる程度の規模で、食事時に入ってもせいぜい5~6人がいるくらいだ。
だから一つのテーブルには一人しか座らないのが普通だが、たまに同じテーブルに明らかに他人同士の二人が黙々と食べている時もある。
私はいつも食堂の一番奥のテーブルの窓が見える側の席に着く。
一番奥なので他の入院患者と同席になる可能性は極めて少ない。
また、入口に背を向ける形で座るので他の入院患者と目を合わせることもない。
窓から見える景色は別に絶景というわけではないが見晴らしはいいのでそれなりに気分を良くさせてくれる。
私はいつも通りに一番奥のテーブルの窓が見える側の席に着いた。
私の他には3人の入院患者が別々のテーブルで食事をしていた。
今日の私の夕食の献立
豚肉とチーズポテト包み焼き
舞茸の卵とじ
即席漬け
アスパラのスープ
それと米飯
私は特に何を考えるというわけでもなく、ただただぼ~っと上手くもないが不味いわけでもない夕食をひとりでモソモソと食べ続けていた。
ふと、背後に人の気配を感じた
どういうことだ?
まさか同じテーブルに着くつもりなのか?
他にもテーブルは空いてるだろ?
ま、まさかあの甘えてくるジジィでは?
やめてくれ。
上手くもないが不味いわけでもない食事が不味くなってしまうじゃないか。
私は背後を振り返らずにプレートに乗っている食事に顔を向けたまま背中で同席を拒絶した。
だが、背後の気配は躊躇することもなく私の前方に移動してきた。
そして、私のど真ん前のイスが小さな音を立てて引かれた。
諦めた私は仕方なくそっと顔を上げた。
玉子
間違いない。
私の妻、玉子だ。
玉子が私の目の前にいる。
「来たんだ・・・」
「うん・・・」
全く予想だにしなかった玉子の登場に少し動揺しながら何か会話をしなければと頭をフル回転させようとしてみたがうまく回らない。
「今日は何をしたの?」
「あ・・・えと、生理食塩水負荷試験と脳下垂体のMRIを撮った」
「そう・・・」
「うん・・・」
「ご飯おいしい?」
「あ・・・上手くもないけど不味いわけでもない」
「そう・・・」
「うん・・・」
「・・・・・」
「あ、ちょっと酷い目にあったよ」
「何?」
「見て」
「ああ・・・」
私は紫に染め上がった両腕を玉子に見せた。
「研修医に注射されたんだけどさ・・・すごく下手くそで・・・。ものすごく痛かった」
「まぁそんなものよ」
「そんなものなんだ・・・」
「MRI撮ったんだ」
「うん。撮った」
「じゃあ検査結果を聞くときにハクシツビョウヘンがなかったか聞いてみて」
「ハクシツビョウヘン?何それ」
「脳のMRIを撮るとね、脳の一部が白くなっていることがあるの。その白い部分が白質病変」
「それってヤバイんじゃない?」
「そういうわけでもないの。年を取ると誰でも少しはできてくる。でもそれが増えすぎると脳梗塞になったりするから注意が必要なの」
「はぁ・・・」
「で、あなたはもうすぐ50でしょ?しかも高血圧。高血圧の人は白質病変ができやすいのよ」
「はぁ・・・」
「・・・」
「で、もし白質病変が見つかったらどうなるの?」
「あったからといってすぐに治療をするということはないわ。でも、もし見つかったら今まで以上に節制をするとか、注意が必要になるわね」
「はぁ・・・」
「・・・」
「あの・・・のび太郎はどうしてる?」
「元気にしてるわよ」
「寂しがってない?」
「全然」
「そう・・・」
「じゃあそろそろ帰る。のび太郎にご飯を作ってあげないと」
「そうだね・・・」
玉子が帰った。
私は残っていた夕食を食べきってから部屋に戻り、文庫本の続きを読み始めた。