7時になった。
予定通りにナースがやってきた。

 

「採血を始めます」

 

私の右腕には昨日から注射針が刺さっている。
そして私の右肘の裏は紫色に染め上がっている。
その染め上がり具合を見て、私は昨日の拷問の痛みを思い出し、少し気分が悪くなった。

 

採血をするナースは30代半ばくらいのまあまあ経験を積んでいそうな取り立てて特徴のない薄い顔をしているナースだった。
その取り立てて特徴のない薄い顔をしているナースは私の右腕を手に取った。
当然、私の肘の裏の染め上がり具合はナースの目にも入っているはずだ。
しかし、ナースはまったく気にするそぶりもなく粛々と採血を始めた。
このナースにしてみれば予定調和にすぎないということなのだろうか・・・

 

数えてはいないが、何本分かの血を取られた。
そして、取り立てて特徴のない薄い顔のナースは無言のまま点滴の準備を進めた。

 

ベットの横に細長い棒。その棒の上部に点滴袋が吊り下げられた。
取り立てて特徴のない薄い顔のナースはなにやら細かい調整をしているようだ。

 

「点滴を開始します」

 

時計を見た。
7時10分。

生理食塩水負荷試験は4時間かけて行われることになっている。
つまり、11時10分頃に終わる、という計算になるはずだ。

 

「何かあったらナースコールをしてください」

 

そう言い残して取り立てて特徴のない薄い顔のナースは入院部屋を出て行った。

 

 

私はベッドで仰向けになったまま、ぼ~っと点滴が落ちるのを眺めていた。
あと4時間このままだ。

そして、その間に必ず尿意を催すことになる。
それも、何回も、何回も・・・

 

おしっこを取りに来るのはさっきの30代半ばくらいのまあまあ経験を積んでいそうな取り立てて特徴のない薄い顔をしているナースなのだろうか?

いや、そうじゃない。

ナースコールをした場合、やってくるのはその時たまたま手が空いているナースのはずだ。

だとしたら誰が来るかはわからない。

もしかしたらとっても若くてとっても美人のナースがくるかもしれない。
もしそんなことになったらロケットがロックするじゃないか。
ああ、想像しただけでも身の毛が弥立つほど恥ずかしい・・・

 

そんなことを考えていたら早速尿意を催してきた。

 

「うぅ・・・」

 

私は我慢することにした。

普段、私は尿意を催したらたとえどんなに重要な仕事の最中だとしてもとにかくトイレに行って用を足すことにしている。
とても我慢ができないからだ。

だけど、今日ばかりは我慢をすることにした。
そしてそれは私にとって昨日の研修医注射地獄を凌駕する地獄に堕ちることを意味していた。

 

 

「うぅ・・・うぅ・・・」

 

 

どれくらい時間が経っただろう。
私がおしっこを極限まで我慢して身悶えていると、突然頭の上のほうからピピピと音が鳴り始めた。
上を見ると空になった点滴袋が目に入った。
どうやら点滴が終わったようだ。

良かった。
これでなんとかナースにおしっこをとられずに済む。

 

時計を見た。10時ちょい過ぎだった。

 

 

え?10時?
11時に終わるんじゃないのか?

 

 

「点滴の交換に来ました」

 

取り立てて特徴のない薄い顔をしているナースがやってきた。

交換に来た?
ということはつまりこの検査は点滴を2回に分けてするということか。
ということは・・・
ああ、おしっこ我慢地獄がまだまだ続く・・・

 

 

ん?
なんで10時に交換するの?

 

 

「あの・・・2本目の点滴は1本目と同じ量ですか」

「そうです」

 

え・・・

 

だったら11時には終わらない。
1本目で3時間近くもかかっている。
ということは合計6時間近くかかることになるじゃないか。

 

「あの・・・ガイドラインでは生理食塩水負荷試験は4時間となっているはずですが・・・。このペースだと4時間を大幅に超えることになりませんか?」

「え・・・」

 

取り立てて特徴のない薄い顔をしているナースは点滴袋の下についているちっちゃな機械を確認し始めた。

 

「あの・・・1時間につき450ミリリットルの速度で点滴しています。このポンプではそれより速い速度にはできないんです」

 

1時間につき450ミリリットル?
2リットルの点滴を4時間で終わらせるためには1時間につき500ミリリットルのペースじゃないといけないよな?
ちょっと、どーなってんだよ・・・

 

「ポンプを変えましょう」

 

そういうと取り立てて特徴のない薄い顔をしているナースは一旦部屋を出ていき、すぐに戻ってきた。

 

「このポンプで1時間につき500ミリリットルの速度で点滴します」

 

そう言って、2本目の点滴を開始した。
そして、取り立てて特徴のない薄い顔をしているナースはそそくさと部屋を出て行った。

 

時計を見ると10時20分。
1時間につき500ミリリットルの速度だと2時間後に終了することになる。
つまり12時20分。
当初の終了予定時刻である11時からなんと1時間以上の遅れ。

 

やれやれ・・・
一体どうなってるんだこの病院は・・・

 

そもそも1時間500ミリリットルのペースで点滴しなければならない検査なのにどうして最高速度1時間450ミリリットルのポンプを使っていたんだ?
最初っからおかしいじゃないか?

 

ここまでくるとこの病院は患者を馬鹿にしているんじゃないかとすら思えてくる。
ああ、腹が立つ・・・

 

腹が立つと、我慢していた尿意を私はいよいよ我慢できなくなってきた。